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寺族の一言

カテゴリー:コラム    更新日:2014 年 7 月 1 日

 こんにちは。皆さんお腹が空いているかと思うのですが、少しお時間をいただきたいと思います。
『私にとってのお寺とは』ということで住職のほうから言われて大変困っています。私にとってのお寺とは、実家です。育った家がお寺だったというのが、小さい時から思っていることで、私が小さかった当時、祖父が住職を勤めてまして、私の父はサラリーマンをしておりました。ですからいろんな人に「お寺の子だから」とよく言われたのですが、その時に必ず言う言葉は「住んでいる家は、お寺だけど、私のお父さんはサラリーマンだから」というふうに、子どもの時はよく言っていました。家がお寺だからということで特別な、何かがあったのかというと、当時はこうやって皆さん大勢集まって法要をするというようなお寺ではなかったので、お寺ということも特に考えていなかったのです。先代住職であった祖父が毎日出かけて行って、法事とか通夜・告別式とかをしていたので、檀家の皆さまがこうやってお寺に来るということがないお寺でした。それで父の代になってから、父が、明るいお寺にして、たくさんの人が来てくれるようなお寺になったのです。何となく「お寺なのだな」というふうに感じるようにはなりました。
 先代の住職である祖父が倒れて入院した時は、もうすでに私は得度をさせて頂いてました。何も分からず得度をしたので、名前だけいただいていたのですが、祖父がちゃんと意識のあるうちに「院」を付けてもらいたいと思いまして、母にお願いをして、祖父に話をしてもらって、それで祖父が多分……多分だと思うんですけれども、生涯で一番最後に名前を付けてくれたのではないかなと思います。お坊さんとしての名前、法名を付けたのは父と母が相談をしまして、青い蓮と書いて「青蓮」という名前を選び、それを付けさせていただきました。そして「院」のほうはどうしてもお祖父ちゃんに付けてほしかったので、お願いをして付けてもらったのが白い光と書いて白光(ビャッコウ)と付けてもらいました。これと言って当時そんなに大きな意味を持っていたわけではないのですけれども、得度した時にもお祖父ちゃんがすごく喜んでくれたということもあったので、何となくお祖父ちゃんに名前を付けてもらいたいなと思ってお願いしました。それで白い光に。当時、直接聞いたわけではなかったので、なんでその名前を付けてくれたのかという意味のほうまではちょっと分からないのですが、今となってはちゃんとお祖父ちゃんに聞いておけばよかったなと、ちょっと後悔をしています。でもこの名前は忘れずにずっと持っていたいなと思っております。
 こうやって父が明るいお寺にして、いろんな方が来てくださるようなお寺にしてくれて、それで私も何かをするわけではないのですけれども、いろんな方と出会うことができて、いろんな人とお話をする機会を与えていただいて、未熟者ですけれどもいろんな方とお話をすることによって、いろんなことを吸収もできますし、いろんなことを勉強させていだいているなとすごく感じています。ありがたいなと思っております。皆さんに大変ご心配をおかけしたときもありますし、ご迷惑をおかけしすぎることも多々あると思うのですが、皆さんがすごく明るく、優しく接してくださって、いろんな話を、ざっくばらんにしてくださるので、皆さんに会うのがとても楽しみで、毎回、きょうはいっぱい来てくれるのかな、などと思いながら、実家に帰ってくるわけです。やはり小さい頃からお香とかお線香とかを嗅いでいたので、とても心安らぐというか、安心するというか、ほっとする場所です。ですから家に帰ってくると、両親にも甘えるわけでもないのですが、やはり甘えてしまう部分も多々あり、ちょっとわがままを言ってみたりといった気分にさせられるような場所でもあります。
 特別これというわけではないのですが、やはり自分の育った場所なので、とても安心する場所であり、ほっとする場所、それはやはり両親がいて、兄弟がいてという所に帰ってこられるということで、すごく安心するのではないかなと、自分でも思っております。やはり小さい頃から、法事だったり通夜・告別式に母に連れられて出席していたので、お焼香の仕方とか、数珠の使い方というのは自然に母から見よう見まねで教わっていたような気がします。お経に関しては得度をする時にお経が読めないといけないということで、ちょっと勉強しに他のお寺さんに行って、初めて経本を広げて、初めて読んで、ということを体験させてもらいました。その時にはまったく読めなかったのですが、その後、父がその教室に通うことになり、一緒に行かないかということで連れられて行った時には、一度耳にしているので何となく、上手には読めなくても何となく読めて、何となくこれ聞いた、教わった、という感じで、やはりお経も徐々に何となく読めるようになりました。今も別に大して上手というわけではないのですが、『正信偈』とかはやはり頭の中にすんなりと、節がいろいろあってもその節も何となく体で覚えているものだなあとさっきも……『阿弥陀経』も『伽陀』はちょっと本を見ないとできないのですが、何となくそのように自分で実感しました。これからもこうやってたくさんの方とお会いして、いろんなお話を聴いて、話をさせてもらって、楽しく末永く皆さんとおつきあいさせてもらえたら、私にとってはすごく宝になるのではないかなと思っております。
 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
鈴木ひとみ(釋尼青蓮)


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(2015 年 4 月 22 日)