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門徒の一言

カテゴリー:コラム    更新日:2012 年 7 月 1 日

お寺というのは自分にとって、あなたにとってどういうものかという、そういう本を読みたかったんです。一番お寺で感じることは、お葬式や法事をするところ。 これは、やっぱり一番ですね。次は仏様を拝んだり、祈願する場所。これも分かります。それから、3番目は、観光などで拝観するところ。
 私はずっと、学生時代もサラリーマン時代も含めて、京都に近い大阪に住んで居ましたので、京都のお寺は、そのときは観光目的でよく参りました。今、源信寺の本山である東本願寺は、大きな伽藍がありなんべんも訪れました。京都駅から歩いてすぐ近くです。
 広々とした御影堂で大きなお寺だったと感じていました。ところが立場が変わって、今、源信寺のご住職と、門徒の皆様と行った時は、あの御影堂が門信徒の皆さんでいっぱいになり、一緒に勤行を勤めているんです。だから立場が変わったら変わるものだということで、本当にお寺というのは立場が変わるたびに違った印象を与えてくれます。
 そして、私が東京に暮らすようになって、気づいた事は東京には、まず観光というお寺はほとんど少なく、鎌倉などに行けば別ですけど、私が住んでいる足立区でも、草加との県境の伊興に行きますと、お寺がいっぱいあるのですが、なかなかそこまで行くことが少なく非常に縁遠くなっています。また、アンケートなどで見ると、若い人たちが、「自分にとっては、お寺は関係ありません」と。これにははなはだがっかりします。しかし、お寺をどの様にしてほしいか尋ねると、驚くことに、「自分たちの生き方を教えてほしい」というのが一番の回答でした。次は、「お寺をもっと開放してほしい」ということで、足立区でもいっぱいお寺があるんですけど、いっぺんも入ったことはありません。要するに京都のように観光目的のところは別ですけれども、観光でないところはなかなかお寺に入ることができません。
 私が一番感激したのは、源信寺と出遇ったときに、こちらの門信徒会館は、まだ他人の空き家が建っていて、その時にご住職からこの隣接地を購入して、「門信徒会館をつくろう」と。門信徒の方々が気楽に集える場所を造ろうではないかということで、皆様のご協力により源信寺の大改造を致しました。
 素晴らしい宮大工さんが静岡に居たんです。門信徒会館の床の間に茶色い大きな大黒柱があります。その大黒柱は、電柱のように初めはまっすぐではなく、少しは曲がっていて、ものすごく太い木でした。一カ月か二カ月ぐらいして、今度また行ったら、茶色い大黒柱が真四角に削られているところで、一番初めに見た太さがこんなに細くなって真四角につるつるになるのかと、機械で削らずに、大工さんがあの大黒柱を鉋で削っていたんです。鉋くずが薄くて、削りバラと言うらしいのですけど。ものすごく薄くて、私はあれにしょうゆをかけて食べたらおいしいかなという印象を受けたぐらいです。源信寺ご住職が門信徒会館をつくろうということで、二回訪問した時のことを今だに忘れられない思い出があります。
 お寺は本来の意味からいったらお葬式や法事とか聞法の道場(真宗においては)としてあるにもかかわらず、お寺の色が薄くなってきました。極端な場合、直葬という言葉が出てきました。僕も本を読んでびっくりしたんですけど、お亡くなりになった病院から直接火葬場に行って、葬式は抜きにして、亡くなった方を処理してしまう。簡単でいいかもわかりませんけれども、非常に寂しい思いがします。 インターネットを見たら、そういう会社がいっぱい出てきています。いかに、自分たちの葬式を簡単にするか。
 それは、菩提寺を持たない人が多い。菩提寺という言葉は、死語であまり使われなくなりました。菩提寺という言葉はいろいろ解釈があるのですけど、まず一家が代々帰依して、お葬式とか法事などを営むお寺ということで、今日、門信徒で来ていただいている方々は、菩提寺という言葉を大事にして、代々引き継いでいく。
 私は、今日こちらに来るとき「お寺に来る」とは言いません。常に「源信寺に行く」と。私は町会の役員に対しても、知り合いにしても「29日はお寺に行く」という言い方をせずに、私はすべて「源信寺」という言葉を使っています。源信寺という言葉を使うと、不思議と知り合いの方も、お寺のお手伝いをすると「ごくろうさん」とか、自分自身の意識がお寺という言葉ではなく、「源信寺」という言葉を使い出してから、源信寺に対する親しみといいますか、それがわいてくるのが不思議です。これからも、そういう言葉で常に門信徒さんは自分たちの仲間、あるいはお子様などに、「源信寺」という言葉を、私はこれを誇りにしています。一括にお寺ということではなく、「源信寺」という言葉を常に頭に置いていけばいいと思います。
 お寺やご住職は、やっぱり社会に起きているさまざまな苦労とか「いのち」にかかわる問題、その問題に寄り添いながら支えてくれる方、相談に乗ってくれる、解決を図っていただける、そういう役割を担っているのが紛れもないご住職であると思うんです。ご住職の拠点になっているところがこのお寺、つまり源信寺だと。だから、私はそれを本当に大事にしたいと思います。
 「生老病死」という言葉がありますね。これは、聞法などで、いつでもお聞きになっていると思います。人はそれぞれ住んでいても、生老病死ということは誰にもあることです。そこでいろいろお寺が点在しているわけですけど、そこに住むご住職さんがそれぞれの人に寄り添って、苦を乗り越えていこうという覚悟を持ったら本当に信仰に対する心が増えてくるのではないかと思います。
 今日、私は源信寺での帰敬式において「掛役」という大役を仰せつかっているので、いつもより早く目が覚めてしまい、5時半からEテレ、昔の教育テレビですが、「心の時代」という番組があったんです。ご覧になった方があるかも分かりません。そこで「理想の終焉を見つめて」、理想の終焉というのは人生が終わるという意味です。初めのうちは、どのような死に方を迎えるのかが一番理想的か、理想的な死はどうかということだったんです。この間の京都の事故でも10歳の女の子が亡くなって、今日はもう一人の女の子が亡くなってしまった。26歳のお母さんも亡くなってしまったけれども、何日間どう生きたかというのではなくて、何日間をどのように生きたかという、それを自分の生き方にしたらいいということです。
 そういうことでいったら、源信寺に出会ってからがらりと変わったんです。町会で81歳のおじいちゃんと106歳のおばあちゃんが亡くなり、その方は生前よくお付き合いをしてしゃべっていましたが、お通夜の時、ご遺族の方や親族の方に亡くなった人の話を聞くのです。やっぱり、素晴らしい人生を送られているのです。だから、本当に人々の出会いというか、源信寺の出会いというか。私はそういう立派な人に出会えてよかったと。
 一番面白いのは、お清めの塩というのがあります。早くお迎えに来ないほうがいいからということで、何となくしていたわけ。今、私は一切使いません。この間も、私一人だけが「お清めの塩は要りません」と言ったらいぶかっていたけど、私は素晴らしい人と出会えたのが、もっとも大事だということでお断りをしており、生き生きとこれからの自分の生き方を過ごしたいと思います。
 「理想の終焉」というのは京都大学の教授、カール・ベッカーというイギリスの先生が、最後に、「一年中で、あなたはいつの季節が好きですか」とアナウンサーに聞いたら、「春です」と。「そうですね。今、桜が咲いているから、春もいいですね。秋という人も、夏という人もいるだろう」と。しかし、教授は、「今日です。これが言えたら、本当にうれしい」と言ったのです。「今日一日、輝く瞬間が一つでもあればいい。二つでもあればいい。三つあったら、なおさらいい」と。私は、まさに源信寺の永代法要と厳粛な帰敬式に参列できて、今日は輝く瞬間を一つ持てた。生きていてよかった。結局人生の終わりではなくて、みんなとのつながりができた。われわれの子どもや孫などの次世代とのつながりも持っていこう。そういう生き方で、これから過ごそうということで、こうして皆さんとご一緒に集まって、僕も感激しています。
 今日は大型連休の中日です。お仲間の元気なお顔にお会いできて、「今日は、いい集いができた」と感じております。とりとめもない話ですが、ありがとうございました。
吉田 昭一氏


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(2015 年 4 月 22 日)